空をみて

真知子が彼に偶然会ったのは3回目。丸の内線は新宿駅に停車し扉が開くと2秒ほどして彼は背中を少し丸め2回頷くと乗り込む人々の中に消えて行った。

2度目に再開した彼は頭を剃り大きく高い鼻筋が蒼白い小さな顔に通り、彼の意思の強さを象徴しているように見えた。蛇のような冷めた鋭い目は一瞬私の顔を確かめると「こちらです。」と大股に学校廊下を導いた。

片付いて外からの光だけになった薄暗い調理室には数人が並んで一人ずつ名前を言い一回一回互いに「お願いします。」と挨拶した。数日経ち現場に入るとその場はピアノ線が張られたよう彼の表情に似た冷えた空気が流れていた。メンバーの確認したい声掛けはやや強張った表情で一瞬の戸惑いが感じとれた。F氏の細い身体、冬に履く赤いソックスに早朝の寒さに耐える為の黒いタートルは白衣に際立って見え、スコペラと一体となって回す姿には職人気質の注意深さが伝わった。一方新人には落ち着いた声で時に指を指しながら丁寧な指導が続き、一食の献立を皆で作り上げた配膳後の昼食時は、空気を少しは多く取り込めたか吐くと同時会話がこぼれていた。只そこにはF氏はいなかった気がする。毎朝出勤してドアを開けると、使ったダスター1枚を持ち網戸を開けカゴに入れに来る独りのF氏と「おはようございます。」と真知子は顔を合わせた。それから2年程して彼は新天地へ異動となった。

1度目は違う場所ではあったがやはり調理場だった。そこでは真知子の出勤3,4回後異動して行かれたのであまり印象になかったのだが..  只そこは10人程のメンバーがいた中真知子ともう一人包丁の切れが悪かったのをサブだった彼がさっと現れ「これを使って下さい。」と差し替えたのだった。

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「どうして給食の仕事にされたんですか?」と真知子は多くの割卵に慣れていなかったのを手伝ったF氏に聞いてみた。「以前はホテルの寿司屋を作っていたんですが時間が遅くなって..」と珍しくふっとした笑顔がマスクごしから朝の柔らかい陽射しを受けて温かく感じられた。

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現場、その先の話しでも色々あったようだ。

真知子が飛び乗った扉の向こうは楽しく会話する若者達を挟んで少し濃くなった無精髭にうつむき加減、疲弊したやはり大きく高く通った鼻筋が更に小さくなった顔にあり、どこかで見た顔だと直感した。と、人を挟んで目が一瞬合った気がしてマスクした真知子は怖がりから素早く目を反らした。本当に色々あったんだと分かったからと同時に本当は元気そうではないがお元気ですか?と挨拶、会話によっては貴方なら大丈夫です(実際まだまだお若い)応援しています、と言いたかったのを吞み込んだ。

4回目があるとすれば空気ごと呑み込まないで声がかけられる私がいるのだろうなと、曲がりうねった幹にまっすぐに伸びた枝からピークを越えた白梅たちを見、まだまだ漂いつく香を大きく吸った。

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