椿がきれいだな桜が..と思って花をよく見ようとする目の前にはアブが空中で止まるように飛んでいる、歩いている時もちょっと先の視線少し下辺りによく見ると羽を細かく動かしているのが分かる。小さな虫なのにすごい運動量エネルギーがあるのだな、にしても何でここで浮いている必要があるのかとも思ったりしていた。
空中に浮いているのを見て先日見たヘリコプターのホバリングや昔教科書に出てきたハチドリが思い起こされる。止まっているように見えて動いている状態「中」。
この漢字も見ての通り四角い中真ん中に傍線があってやっぱり「中」。またここから思い起こすことが・・スキューバダイビングの中でも身体に負担をかけないようにする為に中性浮力(水中の中程で力を入れず自然と浮かしている)というのがあった。そして人の内面を保つために中庸という言葉もある。真ん中(辺)。
何気に中程にいるということが大切なことなんだろうなと思った場面。ひとの内面の場合それぞれに方法があるのだろうと。自分の場合は歩いたりピアノを弾いたり本を読んだりこうして少し書いてみたりして浮こうとしているが、冷たい風が吹いてきて実際にも前が見えなくなったりする。
そして更に思うことがある。実家が引っ越しする際に「誰も持たないのだったら私もらうね」と持ってきた能面が不思議な感じで壁の端の方に掛けているのだが、この表情も「中」である気がしている。一見どう感じているのかわからない、この曖昧さが一瞬人を不安にもさせるし又はこれは少し嬉しい感情ではないだろうかと傍が勝手に想像するわけである。ただ能面自体は秘めたものはあるけれどいつも同じ状態、バランスがとれているのかなと。実際見た目こうだとちょっと寂しい感じがするが内面を何というかいい意味でこういう風に涼し気に「中」でいられたら・・と思ったりする。中に浮くアブ・・